幸せの触感

思い描いた通りの質感に仕上がった時、

もう嬉しくて嬉しくて、気持ちがよくて、何度も触れてしまう。

時には顔を埋めたり頬にあてたりしてその感触を何度も確かめてしまう。

肌と一体化したような柔らかで吸い込まれるような、溶け込むような心地よさ。

絹のすばらしさ。
とはいえ、私のあかぎれだらけのささくれだった手で触ると糸がくっついて乱れてしまうので、

触れたい気持ちをぐっと堪え・・・きれない。


私がやっている養蚕や糸づくりは、

長い時のなかで養蚕農家の先人たちが知恵と努力を重ね見つけ築いてきてくれたもので、

私は、完成された技術をなぞらえているわけだけど、

その完成された技術の中には迷路のような長い道のりがあるわけで、

壁にぶち当たるたびに、色んなことを試しながら進んだり戻ったりするのも、

もどかしくも楽しい大切な日々なのであります。



先日、糸づくりの工程すべてが上手くいかない日があった。

糸づくりには細かい工程がいくつもあるのだけど、

10あるとすればことごとく10上手くいかなかったのだ。

イライラすると糸の扱いが大変なので、

必死で抑えてたら、頭に血が上ったのか軽く眩暈がしてきた。

8上手くいかなかった時点がピークだったのだけど、

最後の10が上手くいかなかった時、なぜか笑えてきた。

こんなに何もかも上手くいかない日があるのかと。

逆にこれは奇跡なんじゃなかろうかと。

中途半端に上手くいかないと落ち込むけど、

とことん上手くいかなければ笑えるのだと思った。


笑って気持ちがほぐれたところで、上手くいかなかった理由を考えていたら、

いままで糸づくりの中でモヤッとしていた部分のヒントがつかめた気がした。

上手くいっていた時には気付かなかったし、中途半端だったら深く探らなかったかもしれない。

すべてが上手くいかない日も、たまにはあっていいもんだな、と思った。

たまにでいいけど。